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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)644号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

右部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

次のとおり補正、付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  三枚目表一行目の「以下」の次に「労働条件の内容如何にかかわらず」を加える。

2  四枚目裏一〇行目の「原告は」を「被控訴人が」に、末行の「同」を「同月」にそれぞれ改める。

3  五枚目表七行目の「被告の主張」を「抗弁」に改める。

4  五枚目裏六行目の「紹介を申し込んだ」を「の申込みをした」に、一〇行目の「としての勤務者」を「の従業員」にそれぞれ改める。

5  七枚目裏一二行目の「取扱」を「処分」に改める。

6  一〇枚目表三行目の「右主張」を「抗弁」に、九行目の「としての勤務者」を「の従業員」にそれぞれ改める。

7  一〇枚目裏四行目の「常雇」を「常用」に改める。

8  一一枚目裏六行目の「常雇」を「常用」に改める。

9  一二枚目裏末行の「三〇日まで」を「三〇日までに」に改める。

10  一三枚目表八行目と一〇行目の各「内容と」をいずれも「内容に」に改める。

11  一四枚目裏五行目の「常雇」を「「常雇」」に、八行目の「被告の反論」を「控訴人の再反論」にそれぞれ改める。

12  一五枚目表三行目の「紹介」を除く。

13  一六枚目表二行目の「実態」を「実体」に改める。

二  控訴人の追加主張(抗弁)

仮に、本件雇用契約締結時、期間一年の特別職(嘱託)とする旨の合意の存在が認められないとしても、控訴人は被控訴人との間で、昭和五七年一〇月二二日付契約書(乙第三号証、以下「本件契約書」という。)により、被控訴人の雇用期間を昭和五七年一〇月二二日から昭和五八年四月二一日までとする旨を合意(以下「本件合意」という。)したものであるから、本件雇用契約は、期間の満了により終了した。

三  右主張(抗弁)に対する被控訴人の異議

控訴人は、本件契約書につき、原審において本件雇用契約が期間一年の特別職であることを確認した趣旨であると釈明しながら、当審において新たに雇用期間の変更を合意したことの根拠として主張するのは、時機に遅れた攻撃防禦方法であり、却下されるべきである。

四  右主張(抗弁)に対する被控訴人の認否及び反論

被控訴人が本件契約書(但し、「(嘱託)」との記載部分を除く。)に署名捺印したことは認める。しかしながら、被控訴人は、前叙のとおり、岡村より「共済会に入るか入らないかの違いだからたいしたことはない。女子とか高齢者とかも皆書いている。」との説明を受けたため、格段重要な書類ではなく、その言葉どおりの意味しか持たず、期間の定めのない常用の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎず、その際期間の定めのない常用従業員の地位を解消したうえ、新たに期間の定めを合意する趣旨の重要な労働条件の変更であることの明示を受けていない。従って、本件合意は、何らの法的効果を発生させるものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(控訴人の業種)及び3(本件雇用契約の終了通告と賃金の不払等)の各事実、並びに同2の事実中、被控訴人との控訴人が本件雇用契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件雇用契約締結時その期間を一年と約した旨主張するので、この点につき判断する。

1  控訴人の就業規則等における雇用期間及び雇用形態等の定めについて

(一)  〈証拠〉によれば、控訴人の就業規則五〇条六号には「雇傭期間の定めある者が期日満了となり会社が延長しないとき」と、同第五二条には「社員の停年は男子満五五才、女子満五〇才に達したときとする。但し業務の都合に依り特に必要と認められた者に限り、准社員として引き続き雇入れることがある。」と、給与規定一条但書には「臨時雇及嘱託については、この規定を適用しないものとする。」とそれぞれ定められていることが認められる。

(二)  従って、控訴人の就業規則等からすれば、控訴人の従業員には、雇用期間の定めのある者、雇用期間の定めのない者、定年までの雇用を前提とした者、「准社員」、「臨時雇」及び「嘱託」という雇用形態ないし呼称の者の存在を予定していることが判明する。

2  控訴人従業員の従前における雇用期間及び雇用形態等について

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉は前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。

(1) 控訴人は、昭和五八年一一月二一日改正前の就業規則を作成した昭和四九年一一月ころ以降、新規に学校を卒業した者を対象として毎年三月ころに定期的に雇用する者と、職業安定所等を通じ必要に応じて不定期に雇用する者とにその給源を分かち、前者で雇用した者を「正社員」と、後者で雇用した者を当初主として給与規定上にその存在を予定されている「嘱託」と、後日主として「特別職」とそれぞれ呼称していたものであるが、特別職とは右給与規定上の臨時雇又は嘱託等正社員ではない者を指すものであった。

(2) 正社員と特別職とでは、その給源を異にしているだけでなく、その選考方法及び労働条件等についても顕著なる差異があった。すなわち、〈1〉 選考方法等について見れば、正社員は、必要書類も志願書、履歴書、成績証明書、推薦書、健康診断書、戸籍謄本及び写真等多岐にわたり、筆答試験と面接試験等の結果等を総合して選考され、雇用契約後試用期間中に専門的な研修が実施されるのに対し、特別職は、必要書類も志願書、履歴書及び写真を要するのみで、筆答試験はなく面接試験のみの簡単な手続で選考され、雇用後試用期間を設定される場合においても一切研修は実施されない。〈2〉 雇用期間について見れば、正社員は、期間の定めのない終身雇用を前提として雇用され、退職金の支払を受けられるのに対し、特別職は、一年以内の期間の定めのある雇用契約を締結し、当初の期間満了後更新される者もあったとはいえ大部分の者が更新されることなく短期で雇用契約を終了しており、退職金も支払われない。〈3〉 雇用契約の形式等について見れば、正社員は、試用期間経過後契約書を作成することなく「正社員に任ず」との辞令が交付されるのに対し、特別職は、試用期間が設定されない場合はもとより、設定される場合でもその経過後辞令が交付されることはなく契約書を作成し、更新される際にも契約書を書き換える。〈4〉 給与及び手当等について見れば、正社員は、給与規定の全面的適用を受け、月給制であり、役職・皆勤・住宅・家族・時間外勤務・休日勤務・深夜勤務・通勤・給食補助及び生産報奨金(特別)の各種手当を受け、年間五ないし六か月分のいわゆる賞与を年二、三回支給されるのに対し、特別職は、給与規定の適用を受けず、日給月給制であり、正社員に支給される各種手当のうち、通勤及び給食補助手当のみを支給され(もっとも、特別職は時間外・休日・深夜勤務すること自体予定されていない。)、一回について一か月分にも満たない少額の賞与を年二回を限度として支給されるに過ぎない。〈5〉 勤務時間について見れば、正社員は、午前八時から午後四時四五分までであるのに対し、特別職は、午前八時三〇分から午後四時四五分までを原則とし、各人の個人的事情を斟酌して就業時間の調整を受ける余地があった。

(3) 控訴人は、かくの如く正社員と特別職とを給源及び労働条件等で区分しており、正社員が定年退職後特別職(就業規則五二条では准社員と呼称されているとはいえ、実際にかかる呼称が使用された形跡はなく、あくまで嘱託又は特別職と呼称されていた。)として再雇用されることはあっても、特別職が正社員に登用されたり、正社員の給源を新規学校卒業者以外の者に拡張したりする例外的措置は少なくとも本件雇用契約締結以前には存在しなかった。

(4) ちなみに、本件雇用契約締結直前の昭和五七年三月時点における控訴人従業員は、正社員が三四名、特別職が六名であった。

(二)  右認定事実から明らかなように、控訴人は、従業員を正社員と特別職とに峻別し、雇用期間等の労働条件はもとより給源においても顕著なる差異を設けていたことが判明する。

3  本件求人の意図ないし目的について

(一)  〈証拠〉は前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。

(1) 控訴人は、昭和五六年八月ころまでにコンピューターによるパイプの曲げ形状を測定する三次元パイプ測定器を開発すると共に、NCパイプベンダーとこれを連結して曲げ加工と形状測定とをコンピューター制御するシステムを開発し、民間団体の考案功労賞を受賞するなど業界から好評をもって迎えられ、これらに関連して設計業務も多忙となりその合理化と効率化を図って、同年一〇月ころから設計業務にコンピューターの導入を計画し準備を進めていたとはいえ、設計図面のトレース・整理・補修・補充等に手が回らずこれら設計関連業務に停滞を惹起する事態に至ったので、当面における右設計関連業務の停滞解消を目的として、トレースの能力を持つ従業員二名の募集を決定したが、その際トレーサーとしての能力等の高い優秀な人材が応募してくるようなことがあれば、右設計関連業務の停滞解消後も期間を更新して雇用を継続しても良いとの考えもあった。

(2) 控訴人は、昭和五七年一月一九日淀川職安に対し、原判決別紙求人票記載のとおりの求人をしたものであるが、本件の争点に即してより具体的にいうならば、雇用期間欄の「常用」と「臨時」の選択肢のうち「常用」に丸印を付け、常用と臨時に跨がって設けられている「 月 日から 月 日まで」との具体的雇用期間欄を補充することなく空白のままとし、定年制欄の「有( )歳」と「無」の選択肢のうち「有」に丸印を付け、五五歳と記載した。

(3) 控訴人は、昭和五七年一月二七日本件求人票を見て応募してきたトレーサー検定二級の資格を持つ片岡順子と同年二月一日付で三か月の雇用(試用)契約を締結し(但し、雇用名義人は控訴人の販売部門を担当する千代田工販株式会社であるが、役員、営業所等が共通であり、控訴人の一部門に過ぎないと認められる。)、試用期間の満了した翌日である同年五月一日から七月三一日まで、次いで同年八月一日から昭和五八年一月三一日まで、更に同年三月一日から昭和五九年二月二九日までの間それぞれ期間の定めのある特別職としての雇用契約を締結ないし更新している。

(二)  以上認定事実からすれば、控訴人が本件求人票により求人をした意図ないし目的は、正社員を雇用することにあるのではなく、期間の定めのある特別職を雇用することにあり、控訴人は、かかる内心の意思のもとに応募者との間で期間の定めのある特別職として雇用契約を締結せんと考えていたことは否定し難いものである。ところが、控訴人の右意図ないし目的は、本件求人票の記載に表示されているとは到底いえず、かえって「常用」としながら具体的な雇用期間欄への記載をすることなく定年を五五歳と明記したことは、右意図ないし目的を逸脱して、期間の定めのない常用従業員を求人していると読み取れるものである。

4  本件求人票の意義について

(一)  職業安定法一八条は、求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所に対し、その従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示すべき義務を定めているが、その趣旨とするところは、積極的には、求人者に対し真実の労働条件の提示を義務付けることにより、公共職業安定所を介して求職者に対し真実の労働条件を認識させたうえ、ほかの求人との比較考量をしていずれの求人に応募するかの選択の機会を与えることにあり、消極的には、求人者が現実の労働条件と異なる好条件を餌にして雇用契約を締結し、それを信じた労働者を予期に反する悪条件で労働を強いたりするなどの弊害を防止し、もって職業の安定などを図らんとするものである。かくの如き求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。

(二)  これを本件について敷衍するならば、控訴人は、本件求人票の雇用期間欄に「常用」と記載しながら具体的に雇用期間欄への記載をしなかったものであるから、控訴人の内心の意思が前認定のとおり期間の定めのある特別職を雇用することにあったにせよ、雇用契約締結時に右内心の意思が被控訴人に表示され雇用期間について別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、右内心の意思にかかわりなく、本件求人票記載の労働条件にそった期間の定めのない常用従業員であることが雇用契約の内容になるものと解するのが相当である。

(三)  控訴人が本件求人票に記載の経過及び趣旨等について縷々主張する点(原判決事実摘示五1)についての当裁判所の認定、判断は、次に補正するほか、原判決理由説示二2(一)及び(二)(一九枚目表一行目から二〇枚目表一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(1) 一九枚目表一行目冒頭の「(一)」を「(1)」に、四行目の「前掲」から一九枚目裏六行目末尾までを「本件求人票の記載は、右3(一)(2)認定のとおりであるところ、「常用」という言葉の意味するところは必ずしも一義的に明らかなものでないことは後示(6(二))のとおりであるとはいえ、本件においてより重要なのは、常用としながら具体的な雇用期間欄への記載をすることなく定年制を有りとして具体的に五五歳と記載した点である。」にそれぞれ改める。

(2) 一九枚目裏七行目冒頭の「(二)」を「(2)」に、一二行目の「一ないし三、同第二四号証」を、「二、第二〇号証」に、末行の「同第四五号証並びに」を「第四五号証、成立に争いのない甲第三号証の一、三、第二四号証、」にそれぞれ改める。

(3) 二〇枚目表一〇行目の次に改行のうえ次のとおり加える。

「(3) 控訴人は、求人票記載の意義及び効果について主張するが、求人票には、当該求人にかかる真実の労働条件を記載すべきことは、職業安定法一八条が求人者に科した義務であって、たとえ控訴人主張のとおり、具体的労働条件ではなく制度を記載するとの誤解に基づいて右義務に違反した労働条件を記載した場合であっても、右特段の事情のない限り、かかる記載事項が雇用契約の内容になることを否定しうるものではないと解すべきである。このように解しても、求人者は、雇用契約締結に際し、労働基準法一五条に従って労働条件明示義務を履行することにより雇用契約の内容になることを防ぐことができるものであるから、何ら求人者に負担を科するものではなく、控訴人のこの点の主張は採用し難い。」

5  被控訴人の求職と雇用契約の締結等について

被控訴人が淀川職安で本件求人票を見て期間の定めのない常用従業員を募集しているものと理解して控訴人に応募し、面接試験を受けたうえ本件雇用契約を締結するに至った状況等についての当裁判所の認定は、次に補正するほか、原判決理由説示二1冒頭及び同(一)ないし(三)(一六枚目裏五行目から一八枚目表七行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  一六枚目裏五行目冒頭に「前掲甲第三号証の一ないし三、第二〇、第二四号証、乙第六ないし第八号証、第四五号証、」を加え、同行の「第三号証の一ないし三、同」と、六行目一番目の「同」と、同行の「同第二四号証、」と、同行末尾の「同」から七行目の「四五号証、」までとをいずれも除き、一一行目の「結果」の次に「、並びに弁論の全趣旨」を加える。

(二)  一七枚目表一行目から二行目にかけての「職に就きたいと考えていたところ、」を「職に就きたいと考え、本件雇用契約の相当以前から公共職業安定所の紹介や新聞公告を見て数度求人先に応募したけれども、いずれも採用を拒否され困窮していたところ、」に、四行目の「原告」から一一行目の「とおりであって、」までを「被控訴人は、従前若干トレーサーの経験があったのでそれを生かせ、かつ、長期間安定して稼働できる職場を希望して求人ファイルを探した結果、本件求人票を見つけたものであり、その」にそれぞれ改める。

(三)  一七枚目裏一二行目から一八枚目表一行目にかけての括弧書を除く。

(四)  一八枚目表四行目から六行目にかけての括弧書を除く。

6  右特段の事情の有無について

(一)  控訴人は、遠越準一相談役らが昭和五七年四月二一日被控訴人を面接した際及び岡村が翌二二日被控訴人に試用の契約書を作成させる際に、それぞれ雇用期間一年の特別職であると説明してその了解を得た旨主張し、〈証拠〉は右主張にそうものである。確かに、控訴人が本件求人票に基づいて求人した際における意図ないし目的は、期間の定めのある特別職を雇用することにあったものであるから、その旨を被控訴人に対し明示した可能性もなくはない。しかしながら、(1) 〈証拠〉及び被控訴人本人は、試用期間の明示はあったけれども雇用期間の明示はなかった旨供述しており、被控訴人が控訴人に応募した主たる動機の一つは、長期間継続して勤務できることにあったのであるから、真実右の旨を明示したと仮定したならば、被控訴人が本件求人票との相違について確認するのが自然であるにもかかわらず、かかる確認をした形跡は窺えず、被控訴人の右供述等の信用性を俄には否定し難いこと、(2)証人青野佳人及び同安達益三は、かつて控訴人の求人に応募して雇用されたものであるが、いずれも雇用契約締結時控訴人より雇用期間についての明示はなかった旨証言していること、(3) 片岡順子は、本件求人票に基づいて被控訴人より先の昭和五七年二月一日付で特別職として雇用されたものであるところ、右3(一)(3)認定のとおり、同人の雇用期間は、昭和五七年二月一日から四月三〇日までが試用期間、五月一日から七月三一日までが特別職契約期間、八月一日から昭和五八年一月三一日までが同更新期間になっていることからすれば、同人の雇用期間は六か月であったと推認されるが、どうして同人と被控訴人との間に雇用期間について差異があるのか、トレーサー検定二級の資格を持つ同人の方がどうして被控訴人より雇用期間が短いのか、期間の定めが便宜的なものに過ぎるのではないかとの疑問を払拭できず、ひいては控訴人が真実予め雇用期間の定めを明示したかについて若干の疑問を抱かざるを得ないこと、(4) 〈証拠〉によれば、控訴人における雇用期間の管理はかなり杜撰であると窺われること、(5) 被控訴人の面接と契約書作成(〈証拠〉)の衝に当たった右遠越及び岡村は、本件雇用契約が特別職のものであると考えていたことから期間の定めのあることを当然視する余りこれを告知せず、かつ、告知しない限り一年の期間が設定されるものと誤解してこれを告知しなかったのではないかとの疑いもあること、これらの諸事情を斟酌するならば、右遠越及び岡村の供述及び供述記載は未だ採用するに足りず、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。

(二)  控訴人は、被控訴人が正社員ではなかったとして縷々主張(原判決事実摘示三)を展開する。

(1) 確かに、本件求人票には、「常用」としながら具体的な雇用期間欄への記載をせず定年を五五歳と明記しているとはいえ、「常用」という言葉は、それ自体必ずしも明確な枠組みを持った一義的に明らかなものとは解し難く、一般的に雇用期間の定めのないことを意味するのかも疑問なしとせず(ちなみに、〈証拠〉によれば、現在の公共職業安定所の実務では、雇用期間が四か月以上の場合は「臨時」ではなく「常用」に丸印を付けるように指導していることが認められる。)、あくまで「臨時」と対置される概念であって、終身雇用を前提とする正社員と一致する概念とは到底解し難いし、賃金が日給月給制であり、退職金制度がなく、通勤手当を除く各種手当がなく、就業時間について相談に応ずる旨を明記されていたことを総合して斟酌するならば、本件求人票の記載から正社員を募集していると読み取ることは困難であるから、終身雇用を前提とする正社員であることが本件雇用契約の内容になっていると解することはできない。なお、被控訴人は、正社員として雇用された旨主張し、〈証拠〉はこれにそうものであるとはいえ、右2で認定した控訴人における正社員と特別職との峻別状況及び〈証拠〉に照らして到底措信し難く、ほかに被控訴人が正社員として雇用されたと認めるに足る証拠はない。

(2) しかしながら、被控訴人が正社員ではないことの故に、当然期間の定めのある特別職になるものと解することはできない。なんとなれば、控訴人にあっては、特別職を期間の定めのある従業員と位置付けているとはいえ、それは就業規則にも定められていない内部的な処理に過ぎないものであって、それが表示されて承諾されるなど右特段の事情の存在を認め難いものである以上、当然には求職者との雇用契約の内容になるものではなく、従前の内部的処理に反するとはいえ、期間の定めのない特別職の地位を否定することはできないからである。

(三)  ほかに右特段の事情の存在を認めるに足る証拠はなく、この点の控訴人の主張は採用し難い。

7  そうすると、本件雇用契約は、控訴人が期間の定めのある特別職として締結する内心の意思を有していたものであっても、それが表示されて被控訴人との間で合意されるなど右特段の事情の存在も認め難い以上、本件求人票の記載にそって期間の定めのない常用従業員であることを内容として成立したものというべきである。

三  控訴人は、本件契約書により、被控訴人の雇用期間を昭和五八年四月二一日までとする本件合意をしたと主張する。

1  被控訴人は、控訴人の右主張が時機に遅れた攻撃防禦方法であるとして異議を述べる。

本件記録によれば、原審における控訴人の本件契約書に関する主張は明瞭を欠いていたところ、控訴人は、被控訴人主張のとおり釈明したにもかかわらず、当審において右主張をするに至った経過が認められるとはいえ、後示のとおり本件契約書に署名捺印したこと自体は当事者間に争いがないものであって、それが従前の雇用期間を確認した趣旨なのか或いはこれを変更した趣旨なのかは、従前の労働条件がいかなるものであったかによって異なる法的評価の側面が強く、原判決が本件雇用契約締結時における期間一年の合意の存在を認めなかったため、控訴人が当審において予備的に本件契約書を新たな合意の根拠として主張することには何ら不当と目すべき点はなく、もとより右主張を追加したことによって新たな証拠調べが必要となって本件訴訟の完結が遅延するといった事情も存在しないものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法とはいえず、この点の被控訴人の異議は理由がない。

2  被控訴人が本件契約書中「(嘱託)」との記載部分を除いた「今般貴社に於て左の条件に依り特別職として勤務する事を契約致します。一、期間 昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日まで 一、就業規定に依る」との部分(以下従前の用法とは異なり右部分のみを「本件契約書」という。)に署名捺印したことは、被控訴人の自認するところである以上、被控訴人が本件契約書記載の文言どおりの合意をしたことを否定することは困難であって、右文言によれば、被控訴人は控訴人に対し、本件雇用契約の期間を昭和五七年一〇月二二日より昭和五八年四月二一日までと合意をしたことは明らかである。

3  ところが、被控訴人は、本件契約書に署名捺印したことにつき、岡村の説明により格段重要な書類ではなく、その言葉どおりの意味しか持たず、期間の定めのない常用従業員の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎず、その際期間の定めのない常用従業員の地位を解消したうえ、新たに期間の定めを合意する旨の重要な労働条件の変更に当たるとの明示を受けていないから、本件合意は、何らの法的効果を発生させるものではないと主張し、〈証拠〉は右主張にそうものである。

(一)  そこで、本件雇用契約締結後終了通告までの状況について見るに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉はその余の前掲証拠と対比して措信し難く、ほかにこの認定を覆すに足る証拠はない。

(1) 控訴人は、被控訴人との本件雇用契約において三か月間の試用期間を設定したものであるが、この間における被控訴人の労働状況・能力・態度等について必ずしも良好なものとは評価せず、殊に保育所に預けている幼児を抱えていた事情があったにせよ、他の従業員と比べて子供のために早退せざるを得ない土曜日はもとよりそれ以外の日における早退も多かったため、試用期間の満了をもって本件雇用契約を解消することを検討し、被控訴人に対しその旨を警告したところ、被控訴人より陳謝と反省の言葉と共に雇用契約の継続を涙ながらに訴えられたため、躊躇しつつもしばらく様子を見ることにしているうち試用期間が経過した。

(2) 控訴人は、被控訴人の試用期間が経過したにもかかわらず契約書を作成していなかったため、岡村をして、昭和五七年一〇月二二日ころ被控訴人に対し本件契約書に署名捺印を求めさせたところ、被控訴人はこれに署名捺印した。

(3) 控訴人における正社員と特別職との峻別状況、労働条件等の差異は、右二2で認定したとおりであり、被控訴人が控訴人に雇用されて以降の処遇はまさに特別職のそれであったものであるし、被控訴人が本件契約書に署名捺印したのは雇用されてから約六か月経過しており、被控訴人自身「退職金のない者というか、そういう女の人らだけ書いているという区分」が存在し、かつ、自らがそれに当たることを認識していた旨を供述しているものであるから、被控訴人は、遅くともこのころまでには特別職(その呼称は格別正社員ではない者)の存在及び自らがそれに当たるものであることを認識したうえ、本件契約書に署名捺印したものと推認される。

(4) 控訴人は、本件合意以後における被控訴人の労働状況・能力・態度等について依然良好なものとは評価せず、また、設計関連業務の停滞も解消し、昭和五八年三月には正社員を雇用するし、導入したコンピューターの本格的稼働の目処も立ったところから、昭和五七年一二月ころ本件雇用契約を更新しないことに決定しその旨を被控訴人に通告した。

(二)  右認定事実を前提として考えるに、本件契約書には、期間の定めと就業規定(就業規則を指すことは明らかである。)により特別職として勤務するとしか記載されておらず、素直に読みさえすれば、その意味するところは簡単明瞭であって、難解な点や不明瞭な点は存在せず容易に理解できない筋合いのものではなく、現に〈証拠〉によれば、被控訴人自身が「六か月ごとに契約する特別職の用紙にサインする」と記載していると認められるからして、右の点に関する被控訴人本人の弁解の供述にもかかわらず、被控訴人には新たに期間の定めを合意したことの認識があったことを否定することは困難であって、期間の定めのない常用の地位に変更はないと思って署名捺印したに過ぎない旨の〈証拠〉は措信し難いものである。しかるところ、

(1) 被控訴人は、岡村が労働条件の変更を伴う重要書類であることを糊塗しないしは詐術を弄して本件契約書に署名捺印させたかの如く主張し、〈証拠〉はこれにそうものである。しかしながら、前示のとおり、控訴人にあっては、正社員と特別職とを峻別し、被控訴人と期間の定めのある特別職としての雇用契約を締結したと考えていたものであり、従前から被控訴人以外の特別職についても同様の契約書(〈証拠〉)を少なからず作成していたものであるから、本件契約書を作成するに当たって当然の契約書を作成する意図のもとに行われたものと推認されこそすれ、重要書類であることを糊塗しないしは詐術を弄する意図があったとは認め難く、〈証拠〉は、何ら首肯するに足る根拠はなく、単なる推測の域を出るものではないから措信し難く、ほかに右主張事実を認めるに足る証拠はなく、この点の被控訴人の主張は理由がない。

(2) 被控訴人は、労働条件変更の明示がなかった旨主張する。確かに、本件合意は、被控訴人の労働条件について、期間の定めのないものから期間の定めのあるものに変更する結果を招来するものであるとはいえ、それはあくまで双方間の合意に基づくものであるから、明示の有無を問題にする余地は乏しいものであるし、期間の定めのない常用従業員の地位が解消されること自体を明示しなかったとしても、それは本件合意の当然の効果であって、現に被控訴人には、新たに期間の定めを合意することの認識があったものである以上、何ら労働条件明示義務に欠けるところはないというべきであって、この点の被控訴人の主張は理由がない。

(3) なお、〈証拠〉の「六か月ごとに契約する特別職の用紙にサインする」との記載からすれば、被控訴人は、本件合意により期間の定めをすることの認識をしていたとはいえ、それは六か月ごとに更新されるものと期待し理解したものと推認される。しかしながら、かかる期待や理解を持っていたことの故に、本件合意が何らの法的効果を発生しないということはできないし、本件合意に際してかかる内心の期待や理解を控訴人に表示したと認めるに足る証拠もない。

(4) また、本件雇用契約は、被控訴人において本件契約書に署名捺印したことにより、期間の定めのない契約から期間の定めのある契約に変更する結果を招来したものであるが、そのこと故に本件合意が何らの法的効果を発生するものではないと解しがたいことは前示のとおりであるし、更新を拒絶した点を見ても、本件は、期間の定めのある雇用契約が反覆更新されていた事案ではなく、控訴人にあっては、期間の定めのある特別職は過去少なからず存在し、期間満了後更新される者もあったとはいえ大部分が更新されることなく雇用契約を終了しており、被控訴人の長期間雇用継続の希望は控訴人に認識されていたとはいえそれはあくまで希望に過ぎず、控訴人がこれを承諾したとか、更新を期待できる客観的状況にあったと認めるに足る証拠もないところであり、その他本件に表れた諸事情を総合考慮しても、本件雇用契約の更新拒絶が信義則に反し権利の濫用に当たると解することもできない。

(三)  ほかに本件合意の成立及び効力に消長を来すべき事情についての主張・立証はなく、この点の被控訴人の主張は採用し難いところである。

4  そうすると、本件雇用契約は期間の満了により終了し、被控訴人は控訴人の従業員たる地位を喪失したことになる。

四  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はいずれも失当として棄却すべきところ、これを一部認容した原判決は不当であるから、右部分を取り消して棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 井上 清 裁判官 渡部雄策)

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